2013年10月17日

作詞論2

作詞論を書く構想をいろいろと考えていたのですが、
だんだん自分の中でもうまく体系化することができなくなってきました。
まぁ元も子もない話をすると、
クリエイティビティの世界に正解も不正解もありませんからね。

もっともらしく、中身のない話を色々と書いていきます。


この前は具体化(ミクロ化)の話をしましたが、
具体的な話を逐一書いていったところで、
それは日記です。
まぁ日記をそのまま歌詞にしてしまうのも斬新な試みかもしれませんが、
それをもう一度抽象化する作業が、普通は、いります。


いきなり話が横にそれますが、
とある作詞家が、
「作詞家の仕事は、いかに「愛してる」という言葉を使わずに「愛してる」と伝えるかだ」
みたいなことを言っていました。
作詞のトレーニングとして、
「愛してる」とか、「悲しい」とか、「うれしい」とか、
ストレートな言葉をいかに別の言葉で表現できるか、
思いつくだけ書いてみるというのは面白いかもしれません。
僕はやったことないけど。

僕の場合、Passageとか、メッセージを伝えたい曲を書くときは
比較的メッセージをそのまま書くことが多いのですが、
人の心の機微を描く曲の場合、
できるだけオブラートに包んだり、たとえ話にしたり、
とにかく「そのまま書かない」ことを考えています。

そして、抽象化というのは、
まっすぐ(可逆的に)抽象化しては面白くなく、
色眼鏡を通したり、ある意味解像度の悪い抽象化をしたほうが
その色眼鏡のカラーも出てきて、歌詞に面白みが出てくると考えています。
私はそれを「言葉の化学反応」と考えていて、
これまで、恋愛とデジタル、恋愛と現代物理学みたいに、
できるだけ無機質な色眼鏡を使って歌詞を書く試みをしてきました。

まぁケーススタディはまた機会があれば紹介しようと思います。


とはいえ、歌詞に限らずですが、
メソッドだけで語れる世界ではないんですよね。
ストレートな言葉、
誰もが納得する言葉、
でも誰も語ったことのない(歌詞にしたことがない)言葉、
そういうのをスっとかける人が世の中にはいます。
それはもう、目の前にあった宝箱を持っていかれたような気分で、
作り手視点からすると、まさに「してやられた!!」なのですが、
結局、そういう言葉を拾ってくるアンテナの感度が
作り手に一番求められるセンスだという、
ごくごく当たり前の結論を書いたところで、夜も遅くなってきたので寝ます。


posted by project-P at 01:16| Comment(0) | 作曲・作詞関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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